《独言!》 ブツブツ!! 

2003,11,11(Wed)

 

戦い終えて!!

一生懸命に、一つの目的に邁進し、目的を果

たせなかった・・・・!頬に光る大粒の涙は、

かいた汗の分量と同じほど出てくるものかも

知れません。笑って帰ろうと送り出した控え

室。嗚咽と号泣の渦となりましたが、思いっきり泣きなさい。貴重な宝物です。

《夢半ば!第82回高校サッカー選手権三重県大会準決勝にて敗戦》

2次リーグ最終節(vs三重)との敗戦(0−2)は、私にとって大きなショックでありました。負けた

結果もそうですが、『うちの良さが片鱗も出せず、何も出来なかった内容でした』。準決勝四中工と当たる

ことよりも、『選手が立ち直れるのか?』、いやいや『私自身が立ち直れるのか』というほどのショックで

した。帰宅後、翌日、また次の日と、『何やってきたんやろ?』とまんじりと出来ない夜が続きました。津

工業に赴任して九年目、監督を引き継いで丁度4年が過ぎました。初めての出来事でした。

今年のチームは、丁度昨年の11月初旬に立ち上げました。1年生ながら全国総体でレギュラーで出場し

た福田康二をキャプテンに、我がチーム唯一の国体選手鈴木圭太、俊足の右サイド江間雅志をチームの核

として、攻撃力を中心としたチーム作りをしてきました。(これは毎年のことですが)

新人戦、2回戦で四中工が暁に負け、3回戦暁との対戦となった。多くのチャンスを作り出しながら突き

放すことが出来ず、PK戦での敗戦。全国各地を転戦し、各県上位チームと互角の戦いが出来臨んだイン

ターハイ、準決勝(vs暁戦)。第一試合で四中工が三重高(0−1)に敗戦。前半試合観戦をしていた選

手達が、試合が動く前に『もう観なくていいか』という問いに、逞しさを感じた。(内容が良くなかった)

ゲームの主導権を握りながらも、またしても勝利を逃した一戦となりました。決めるところで決められな

い。このジレンマは終始このチームの大きな課題となって苦しめられる結果となりました。

夏休み、今まで最大の4回の遠征を敢行した。岡山(美作SF)・滋賀(びわこSK)・大阪(高槻SF)・

御殿場(時之栖SF)と、多くのチームの胸を借り、良い経験を積ませていただいた。2次リーグを臨む

に当たり、清水エスパルスユース(2−3で敗戦)となったが、大きな自信を得ることが出来ました。

さて、萎えそうになる気持ちを奮い立たせて、

(決して四中工との対戦を指すのではありませ

ん。いずれ戦わなくてはならない相手ですから。

決勝の大舞台でメンタル的に厳しい状況より、

準決勝で思いっきり当たれる状況を利すること

ができるよう、むしろ良かったかと思うように

しました。)パスのコンビネーションと夏から取

り組んできた質の高いサポートをテーマに、準

決勝に臨みました。日増しに明るさを取り戻す

選手達の姿に、ウジウジしている自分を恥じま

した。

11月9日(日)、曇り空の肌寒さを感じる日となりました。会場に集まる選手達からは、『やってやるぞ』

という熱気を感じることが出来ました。戦術の確認を終えたロッカールーム。はやる気持ちを抑えながら

『一人一人が100%の力を出し切ろう、そして、笑って帰ってこよう』と、ピッチに送り出しました。

立ち上がり、相手の出方を見るのではなく、鈴木圭太の突進からFKで幕を開けました。1対1での局面

で負けないこと。コースには体を張ってDFしよう。というチームの約束は果たす選手。自陣左サイドの

クロスにスライディングで阻もうとする選手。(普段余り見られませんが)

ゲームが落ち着かない立ち上がり、3分・6分と立て続けにCKからの失点を許しました。FK対策とし

て、密集した隊形から散らばる四中工の攻撃を、どのようにDFするかの対策を選手達と考え、ゾーンで

迎え撃つ方法を指示しましたが、如何にも付け刃を露呈する結果となりました。しかしながら、CKに持

ち込まれた過程は、前述したようにパスの出所を防ぎにいった結果生まれたものであり、選手達の意気込

みを感じるものでした。前半19分に鈴木圭太からの中央ドリブルで相手を引きつけ、右サイド駆け上が

る福田へのパスからのシュートは、チームを勢いづかせるのに余りあるものでした。しかしながら、3本

目のCKからの失点は、些かショックではありました。『3回同じ事をやってはイカン!』

ハーフタイムの控え室。活発に選手間のミーティングが行われました。このことは珍しく、諦めていない

選手達に頼もしさを感じつつ、流れを変えるべく山田(2年生)と梅原(1年生)の交代を決断しました。

鈴木のマークは一層厳しくなるので、鈴木を追い越すことの出来る選手を起用しました。1年生ながらセ

ンス溢れるプレーは、流れを変えてくれるものと起用でした。(良く答えてくれました)

4−4−2(Wボランチ)の四中工に、楔を打つ格好で4−3−2−1とで臨み、Wボランチの空いたス

ペースで起点を作りサイドへの攻撃、両サイドからのロングパスでサイドチェンジからの突破と、狙いと

していた攻撃は十分に発揮出来た思います。DFでは、楔に対してのスペース飛び出す選手の捕まえ方、

フォアチェックの徹底(1thDFの明確化)、ボランチ福田の相手スペースへのカバーリングの確認と、や

ってきたことの全てを選手達は実行してくれ、見応えのある後半となりました。後半40分で3点を目指

すのではなく、『2点でよい。まずは1点、1点差になったら流れは来ると!』ハーフタイムでの指示を信

じて、選手達は焦りを見せずに戦ってくれました。後半の切り札として、ドリブルにスピードのある菊池

を投入し、4−4−2(中盤ダイアモンド)を指示しました。色々な機会を通じて、システムは3−4−

3も経験してきているので、スタイルは一貫していますがこのチームの器用さを感じていました。小兵な

がら大胆に切れ込んでいく菊池のプレーが、PKを得る結果となり待望の1点差となりました。DFの連

携ミスからヒヤヒヤする場満はありましたが、完全に流れの中から崩されていないことに、『まだやれる』

という思いを強く感じることの出来る終盤でした。

あと1点が届かず、試合終了のホイッスルを聴くこととなりました。泣き崩れる選手達、控え室は憚るこ

となく、嗚咽と号泣となりました。歳を重ねるに連れ涙腺が緩くなる一方の私ですが、さすがに選手を迎

えたとき福田との握手では熱いものがこみ上げましたが、実に爽やかでありました。初めての経験でした。

負け惜しみではなく、選手達を誇りに思える瞬間でした。U−18候補、U−16代表選手、国体選抜7

人を有するチームに、堂々と渡り合えたこと。私たちは先発11人で中3トレセン出身者は野垣内1人で

す。良く戦ったと、感謝の気持ちで一杯です。

しかし、やはり『勝たなければ意味がない』ことは、選手ではなく私に科せられた問題であります。また、

悔しい思いをさせたことに、私は十分反省しなければなりません。また、選手達に励まされながら、一緒

に歩んでいきたいと思っています。

リーグ戦の前に疲労骨折で戦線を離脱せざるを得なかった西田(3年)、痛みをこらえてランニングをする

姿は、大きな勇気を与えてくれました。Bチームから上がってきた唯一の3年生坂上。IH前に膝の怪我

で出場機会が無く、選手権でも活躍の場は少なかったこと心苦しく思っています。しかし、地道な努力は

多くのBチームの選手に、希望を与えてくれたと思います。

ご家族を始め、多くの皆さんに暖かなご声援をいただきました。厚く御礼申し上げます。スタンドの選手

諸君、次は君たちがピッチの上で活躍出来るよう期待しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

http://www53.tok2.com/home2/KaiseiScSupprt/index.html(海星高校施設応援団より拝借しました)