| 鳥栖への道標 V (2007,7,30〜31) |
| 7月30日(月) |
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“うきは市船越運動広場”は、田んぼの中に忽然 |
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と姿を現す。絨毯のようなピッチが私たちを迎え |
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てくれた。逸る気持ちを抑えて、第1試合(神村 |
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vs富山第一)をリラックスムードで観戦。緒戦突 |
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破すれば3回戦で対戦するかもしれないチームで |
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ある。昨年度高校選手権で初出場ベスト4の神村 |
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は、富山の古豪富山第一に終始ゲームを支配し、 |
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アイディア溢れる攻撃で得点を重ねるも、富山第 |
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一の速攻に失点をし、3−2と白熱したゲームと |
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なった。優勝経験のある鹿児島実業を倒し、全国 |
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へ駒を進める神村の実力は非常に高く、硬軟取り |
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混ぜた戦いぶりは、九州のチームとは一風のスタ |
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イルを異とし、見応え十分であった。 |
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| さて、いよいよである。然しながらこのリラックスムード |
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| は、“怖いもの知らず・・・・?”“余裕の現れ・・・・!?”。 |
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| 珍しくサブのユニフォームである。このスタイルも私は好 |
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| きなのであるがやはり緑にはオレンジが良く似合うと思う。 |
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| 実は駆け引きはマッチコーディネーションミーティングから始まっていた。 |
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| ユニフォームチェックで、我がチームは正のオレンジを主 |
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| 張、大津はブルーなので何の問題も無く共に正のユニフォームで |
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| OKかと思われた。ここで智将平岡監督が物申す。『うち |
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| のGKのユニフォームが赤なんだよね。サブも黄色だし、どちら |
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| もオレンジとは見分けにくいよね!』と・・・・!何を言い出 |
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| すんだこの人は。うちのGKのユニフォームも青と緑でど |
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| ちらもブルーと良く似てるし、お宅がサブ(白)にした方 |
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| がよほどスマートやぞと・・・・・・!! |
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| ここで怒っちゃあまりにも大人気ない。『うちの選手は何 |
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| を着せても似合うんだ!』と、常連チームの尊大な態度は |
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| 私に密かに燃え立たせたのであった。 |
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| そんな中ゲームは静かに立ち上がった。大津は引き気味に |
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| 守ってのカウンターサッカーを展開し、私たちは何時もの |
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| ようにDFラインからのビルドアップをパスで構成して行 |
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| った。前半15分過ぎ、私たちには絶好のチャンスが訪れた。中央を綺麗に割り、GK1対1の |
| シュートは正面に飛び、強烈なカウンターを喰らいながらも前半を0−0で終えた。53分中盤 |
| からのパスカットを俊足FWに持ち込まれ、GKをかわされて先制点を許す。残り時間は十分に |
| あり、選手達にも動揺はなく、同点・逆転も十分に可能な試合内容であった。自分たちが目指す |
| サッカーを終始発揮することができた、“ナイスなゲーム!”を展開することが出来た。 |
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さて、1ヶ月が過ぎても皆さんに報告が出来なか |
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ったのは、実は上述した点にあります。 |
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『あ〜っ!思い出しては腹が立つ・・・・!』 |
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自分たちが思うサッカーが出来た充足感を感じな |
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がら、宿舎でゲームを振り返ると、『勝てたよな』 |
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『勝たなきゃいかんよな!』という思いが津波の |
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ように押し寄せてくる。確かに、『自分達のサッ |
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カーが出来た』ならば、絶対に勝たなければなら |
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ない自明である。勝てなければ、自分達のサッカ |
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ーは負けるサッカーに他ならないからである。 |
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このことに気づかされ、愕然となった次第である。 |
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約1ヶ月の放置の原因である。『勝たせてやれな |
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かった』私の責任は大きいものがある。 |
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帰三後、一日の休暇で岡山・香川へのフェスティバル、 |
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滋賀への通いのキャンプ、大阪高槻遠征、岐阜へ |
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通いのフェスティバル、三重県選手権、御殿場遠征と、 |
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IHを含め約40日の夏休みの31日間校外へ出 |
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ていた。学校での練習は3回ほどであった。 |
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大失態の私を選手達は許してくれているのか、暑 |
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い夏を選手達は真摯にサッカーに取り組んでくれ |
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た。3年生には最後の大会が近づいてきた!!! |
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