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2007,5,15(Tue) |
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1972年5月15日沖縄が日本に返還されました。今日は |
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35周年を迎えることになります。私が高校2年生の時です。 |
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現在の高校生は、沖縄が日本であることが当たり前であり、 |
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本土(?)に来るにはパスポートがいったことは想像に難い |
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ことでしょう。中学校時代、何故か生徒会長の私は、JRC |
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の行事の一環で、沖縄の中学生と交流の場を持ちました。 |
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深くて大きな瞳のエキゾチックな少女のことが記憶にありま |
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す。1965年、第1回のインターハイが青森県十和田で50校 |
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が出場しました。沖縄県代表は小禄高校というところでした。 |
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一度は行ってみたいところです。(写真:沖縄平和公園) |
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| 【IHベスト8が決定、決勝トーナメント・・・・!!】 |
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| 5月12日・13日と連戦であったが、決勝トーナメントに向け熱い戦いが展開された。2次リーグ初戦が雨天で、 |
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| ピッチコンディションも悪く混戦模様となった。第2節が終了時点で決勝T進出を決めたのは、四中工(6)・津 |
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| 工業(6)・津西(6)と3チーム、望みがなくなったのは四日市西(0)と1チームだけで、12チームが自力 |
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| 他力での進出をかけた第3節を迎えることとなた。同時刻・他会場開催の鉄則は、携帯の着信音が交錯する風景と |
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| なった。東海プリンス(2部)参加の三重・海星が姿を消し、リーグ戦で四中工が敗れる場面もあったりと、実力 |
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| 伯仲、僅差のゲームが続出した2次リーグとなった。若干の考察と県総体の展望をムニャムニャと・・・・・・! |
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| A |
四中工 |
四 西 |
津 |
上野工 |
勝点 |
得失 |
順位 |
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| 四中工 |
*** |
1●2 |
2○0 |
2○0 |
6 |
3 |
1 |
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| 四 西 |
2○1 |
*** |
0●3 |
0●1 |
3 |
-3 |
4 |
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| 津 |
0●2 |
3○0 |
*** |
1●3 |
3 |
-1 |
3 |
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| 上野工 |
0●2 |
1○0 |
3○1 |
*** |
6 |
1 |
2 |
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| 四中工が早々と決勝T進出を決めた。東海プリンスリーグ4節を1分3敗と静岡勢を相手に苦しい戦いの中、しか |
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| も中2日でIHという強行スケジュールではあたっが、上野工・津を一蹴しての進出は流石である。上野工vs津の |
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| 直接対決が次回進出の1枠が決定する第3節、3−1と上野工が制した。津は四中工に敗れたものの、果敢な良い |
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| ゲームでを展開していたことや、四日市西との戦いの評価が高く決勝T進出が有力視されたが、連戦であったこと |
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| 試合順とうやや不幸な感は否めない戦いであった。四中工敗れるの報に順位変更も懸念されたが得失で四中工が1 |
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| 位となった。四西との対戦内容はわからないが、そうそう見られる現象ではないため、展望を困難にする。 |
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| B |
三 重 |
津 西 |
伊 勢 |
四 工 |
勝点 |
得失 |
順位 |
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| 三 重 |
*** |
2○0 |
0△0 |
1●2 |
4 |
1 |
3 |
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| 津 西 |
0●2 |
*** |
1○0 |
2○0 |
6 |
1 |
1 |
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| 伊 勢 |
0△0 |
0●1 |
*** |
1●2 |
1 |
-2 |
4 |
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| 四 工 |
2○1 |
0●2 |
2○1 |
*** |
6 |
0 |
2 |
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| 三重は東海プリンス(2部)の不調をそのままに2リーグ突入となったようだ。対戦を見ていないので講評は避け |
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| たいが、戦術面でのコンセプトが窺えない様子は目に見える。このグループでは津西の頑張りと、四工の粘り強い |
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| 戦いが目を引くグループであった。伊勢も三重に引き分け、津西・四工にも僅差の敗戦であり立派な戦いであった |
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| と想像する。ここにも所謂進学校の連戦でのフィジカル不足が露呈をした場面であったかもしれない。四工は伊勢 |
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| に逆転しての決勝T進出。勢いを持っての旋風を引き起こすかが見ものである。 |
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| C |
鈴 鹿 |
松阪工 |
津工業 |
四日市 |
勝点 |
得失 |
順位 |
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| 鈴 鹿 |
*** |
1△1 |
1●2 |
1△1 |
2 |
-1 |
2 |
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| 松阪工 |
1△1 |
*** |
0●4 |
0△0 |
2 |
-4 |
4 |
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| 津工業 |
2○1 |
4○0 |
*** |
2○1 |
9 |
6 |
1 |
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| 四日市 |
1△1 |
0△0 |
1●2 |
*** |
2 |
-1 |
3 |
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| 2年連続して2次リーグで姿を消していた津工業、春の練習試合等では好調さを窺わせてのリーグ戦。雨の試合で |
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| は全く機能しない戦術のチームであるが何とか初戦を乗り切り、新人戦で苦杯を舐めさせられた鈴鹿との第2節。 |
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| 前半2−0としながらも今大会初の失点からリズムを崩すも何とか逃げ切った。他チームの結果から早々に決勝T |
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| 進出を決めホッと一息の模様であった。驚きの結果となったのは、3チームが1敗2分勝ち点2で並ぶといった、 |
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| 珍現象。多分初めてのケースではないのかなと?『脳年齢 年金すでに もらえます』(第20回サラ川一等賞) |
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| 初戦の松阪工業は、雨仕様の戦術でシンプルにロングボールをDF背後に配給されたゲームなので、松阪工の実力 |
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| をそのゲームで推し量ることは出来ないが、中盤でのつなぎを大切に闘うという情報は入手していた。四日市は、 |
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| 長身のトップを中心に団結力のあるチームとの情報の中対戦をした。鈴鹿が松阪工に引き分けたため、次回進出に |
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| 一縷の望みが生じたが、総得点で1点足らず悔し涙が倍増した選手たち。なかなか会場を後にしない選手たちの、 |
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| 重い千羽鶴を背負うこととなった。勝っても負けても涙の甘酸っぱさは、青春の清々しさであるのかもしれない。 |
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| D |
海 星 |
暁 |
山 商 |
四 郷 |
勝点 |
得失 |
順位 |
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| 海 星 |
*** |
2●3 |
0△0 |
0△0 |
2 |
-1 |
3 |
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| 暁 |
3○2 |
*** |
0●1 |
3○0 |
6 |
3 |
2 |
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| 山 商 |
0△0 |
1○0 |
*** |
6○0 |
7 |
7 |
1 |
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| 四 郷 |
0△0 |
0●3 |
0●6 |
*** |
1 |
-9 |
4 |
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| 死のグループと目された4チーム。正しく激戦となった。緒戦、優位とみなされた海星・暁が勝点 |
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| 3を挙げられないスタートとなった。対戦順が厳しい山商が緒戦暁に勝利し一歩リード。2節海星にも引き分け、 |
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| グループトップに躍り出た。第3節、海星vs暁は前半2−0と暁リードも、後半2点を追いついた海星の意地では |
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| あったが大きなPKで敗戦。山商は四郷を6−0と一蹴。堅守速攻のゲームプランを徹底しての会心のゲーム運び |
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| での決勝T進出となった。 |
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| ベスト16には、所謂進学校が4チーム進出した。IHを最後に高校サッカーから退く選手が多く、逆にチーム作 |
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| りが早くなるためIHが集大成の場となるわけであるが、前述したように『ご苦労様!』と声をかけたい。多感な |
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| 青春の一時期、サッカーというスポーツを通して触れ合えた様々な時間を大切に、何時までもサッカーを愛し続け |
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| て欲しいと思ったりします。同時に、アマチュアスポーツには引退の二文字はありません。 |
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| 決勝トーナメント展望は、次回に・・・・・・・・!?(少し疲れました) |
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