|
|
|
《独り言!》 ブツブツ!! |
|
|
Vol.89 |
|
菱餅の三色には意味があります。赤・桃色は祖先を敬う、役を払 |
|
う。白は雪の大地と清浄。緑の草餅は、春に芽吹く若草と健康。 |
|
また、赤みの着色に用いる山梔子(クチナシ)には解毒作用があり、 |
|
白に入れる菱の実には血圧降下などの薬効、緑の蓬には造血効果 |
|
があります。そして、菱形は心臓を形どっていて、娘の健康を願 |
|
う親心を表しているといいます。 |
|
選手を支えていただきます、ご家族のご健康を祈っています。 |
|
| 〔少しサッカーを離れて・・・・!〕 |
|
| 最近といっても2月の事ですが、不眠症気味なのか寝付きが悪く、深夜のTVを見てしまいます。 |
| 主に映画を観るのですが、Ch.neco で『地雷を踏んだらサヨウナラ』というのを観ました。一ノ瀬 |
| 泰造という若くして亡くなりましたが、戦場カメラマンのドキュメンタリーです。70年代、激動 |
| のインドシナ半島へ単身飛び込んでいった若き戦場カメラマン一ノ瀬泰造。彼はその向こう見ずな |
| 並はずれた行動力で、戦場の最前線でカメラを構え、シャッターを押し続けました。世界中から集 |
| まったジャーナリストや地元の人々からは親しみを持って『TAIZO』 と呼ばれました。そんな彼の |
| 心を捉えたのは、当時、反政府軍クメール・ルージュの聖域であった遺跡“アンコールワット”。 |
| そこは、西側のジャーナリストは誰一人として近づくことが不可能 |
|
| な、いわば“難攻不落”の地でした。 |
| 『もし、うまく地雷を踏んだら、サヨウナラ!』 |
| 1973年11月、友人にこう宛てた手紙を残し、泰造はアンコールワットへ単独 |
| 潜入を試み、その後消息を絶ちます。26歳の誕生日を迎えたばか |
| りでした。彼の生き様はさておき、村々の人々と暮らす情景描写、 |
| 心を寄せる女性との思慕の念。戦場でシャッターを切る迫力もさる |
| ことながら、戦時下であっても子供の生き生きとした瞳。失うもの |
| の多さに、悲観に暮れる女性の虚ろな瞳。多くの犠牲が、子供と女 |
| 性に押しつけられてきます。1966年度にピュリツァー 賞を受賞した沢田 |
| 敬一氏の『安全への逃避1965.9.8』を作品は、私の頭の中からは決して離れることはありません。 |
| 暫くしてから、WOWWOWで『血と骨』という作品を観ました。監督:崔洋一・主演:ビートたけし・ |
| 1923年。一旗揚げることを夢見て祖国を後にし、済州島から大阪に渡ってきた金俊平。そこに待ち |
| 受ける、差別と劣悪な労働条件。その境遇を強靱な肉体と立ち回りで逞しく生き抜くのであるが、 |
| 直面するジレンマは暴力となって、妻や子供、周囲の人々を不幸に陥れていきます。 |
| 作品タイトルの『血と骨』は、まさに朝鮮半島の宗教文化である“儒教”の教えである、『血は母 |
| より、骨は父より受け継ぐ』、長幼の序、父権の確立された儒教思想の元、ここにも性差による差 |
| 別が脈々と流れます。 |
| 私は、日本製の映画はあまり観ることはありません。なぜなら、『原作を超えることが出来ない!』 |
| と何時も思っていますから。この原作は、この映画を観てから見ました。第11回山本周五郎賞を |
| 受賞した、梁石日(ヤン・ソギル)の作品でした。長編を読むのに約1ヶ月を要しました。私の読 |
| 書のペースからすれば、3倍ほどの時間がかかりました。しかし、残念ながらこの映画も、私には |
| 原作を超えることは出来ませんでした。これは、仕方のないことです。映画があっても、主役のビ |
| ートたけしの金俊平は、私自身の頭の中では、全く異なる人物を作り上げるわけですから、オーバ |
| ーラップすることはありません。 |
| 話は全く方向を変えますが、最近のHPの掲示板やYahoo!の掲示板のトピを見ると、随分と行き過 |
| ぎた発言が目についたりします。(所謂、在日朝鮮人・韓国人に関する差別発言)サッカーという |
| 共通のスポーツの仲間の存在に、世の多くの人々(少数の発言)かも知れませんが、大きな憤りさ |
| え感じてしまいます。〔ここでは、政治問題には触れないようにしていますので、ここまでです〕 |
|
| さて、今日は“桃の節句・雛祭り”、選手達を支えてくださいますお母さん方に、ささやかながら |
| の感謝の気持ちと、女性の皆様へ、今後のいやさかを祈ろうではありませんか。 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|