SEMINAR-REPORT

 

2004/01/30

指導者のためのスポーツジャーナル1・2月号〔発行所:財団法人見本体育協会〕という雑誌に、最近私

が悩んでいたことに対して、布啓一郎氏の寄稿の中にヒントをいただきましたので紹介します。

 

指導者が選手として培った経験をもとに教えられることは全体の1割にも満たない。それがこれまでの指

導生活を振り返っての実感です。では、残り9割以上は何か。私の場合、サッカー理論の他に、スポーツ

栄養学や心理学といった本を読んだり、指導者仲間と悩みを共有したりすることで、足りないものを補っ

てきました。知人の紹介を受け、日本リーグ(現Jリーグ)の監督に教えを請いに行ったこともあります。

『これは』という即効性のある処方箋など存在しない。失敗を繰り返しながら、少しずつ経験を積むしか

ないのです。ただ失敗をおかしても、そこから何かを学び取るためには、指導者自身が揺らぐことのない

指針を持っていなければならない。私の場合、その一つが“自立した選手を育てる”ということ。

 

スポーツ指導の知恵袋 選手の自立を促す

    布 啓一郎

    〔ぬの けいいちろう〕

     1960年生まれ。日本体育大学3年次にインカレ、関東リーグ優勝。83年卒業後、舟橋市

立舟橋高等学校サッカー部監督に主任。以来03年までに4度の全国高校サッカー選手権優勝、

4度のインターハイ優勝を果たす。03年4月より現職。日本サッカー協会公認S級コーチ。

 

増えてきた“声を出さない”子どもたち

コーチ、特に育成のコーチの役割は、選手の競技力を向上させれば『それで良し』とはいかない。結局『人

間を育てる』ことができるかどうかでその指導者の評価は決まる。“技術・戦術・メンタリティー・フィジ

カル”というサッカーのプレーヤーとしての必要な要素は、ピッチの上だけでのばしていけるものではあ

りません。例えば普段の生活で自己管理が出来ていないプレーヤーであれば、当然パフォーマンスにも悪

影響がでるでしょう。

サッカーでは、“後ろからの声は神の声”と言われるように、プレーヤー相互間での声の掛け合い(=コー

チング)が重要とされています。例えばディフェンスでは、後ろにいるプレーヤーが前方の味方プレーヤ

ーに「(ボールを持っている選手の)左側を切ってくれ」と指示を出す。これは「右側は自分が責任をもっ

て対応する」との意思表示。つまりは責任の所在を明らかにするということ。サッカーの場合、試合中に

コーチから細やかな指示を与えられないため、選手の判断がゲームを決めてしまうことが少なくありませ

ん。だから選手は自立していなければならないのです。

ところが、20年前と比べると試合中に声が出ない、また練習中に自分の意見を言わない子どもが多くな

りました。責任の所在をハッキリとさせたがらない。もっともこれはサッカーに限らず、社会全体の風潮

でもあるようですが。

 

声を聞き評価し指針を定め貫く

21年間サッカー部の監督をつとめた市立舟橋高校を離れ、現在、U−16日本代表監督として指導にあ

たっています。全国から集まってくるプレーヤーの中には、現場で発言することに慣れていると思わせる

子や、あまり自分の意見を言わない子など、さまざまなタイプが見受けられます。子どもの発育は指導環

境次第とは言いきれませんが、日頃の指導方針が子どもたちに大きな影響を及ぼすことも事実でしょう。

だからこそ指導者は、練習やミーティングで、子どもたちが積極的に意見を発言できるような雰囲気づく

りを心がける必要があると思います。その意見は戦術や技術に関する疑問であっても、あるいは不満であ

っても良い。直接監督に言いにくそうにしている子どもを見つけたら、サポート役のコーチに頼んで本音

を聞きだしてもらっても良いでしょう。大切なことは、指導者側が常にチャンネルを開いておくというこ

とです。

ただ、高校年代はちょうど子どもから大人への移行期であり、大人としての会話が成立する子とそうでな

い子が混在しています。ですから指導者は、それが建設的な意見なのか、あるいは単なるワガママなのか

を良く吟味して、そのうえでチームがめざす方向を向くように、納得させる必要があります。たとえば「君

の発言の、この部分は身勝手じゃないのか。でもこの部分についてはわかるよ」というふうに。

指導者の方向づけに全員が賛同してくれることは稀で、必ず「それは違うよ」と思う者もいるはずです。

ただいったん進むべき方向を定めたら、それに対してチームが一丸となって突き進んでいく。もしかした

ら、一部の選手とは気持ちが一時的に離れてしまうことがあるかもしれません。でも、例えば高校を卒業

するときになって「あの監督は厳しかったけど、やっぱり素晴らしいコーチだった」、「もう一度あのグラ

ンドで一緒にボールを蹴りたい」と思ってもらえれば、これほど嬉しいことはないでしょう。もちろん指

導法は人それぞれですが、子どもたちに自由な発言をさせて、「それも良い。あれも良い」と言っているだ

けではそのような関係は生まれにくいと思います。

 

能力・人間性ともに一貫指導の環境を

日本サッカー協会では、今年から13〜14歳の選手を対象とした“JFAエリートプログラム”を開始

しました。サッカー選手としてだけでなく、人間としての成長を促進するという考えのもと、実技トレー

ニングの他に、IT講習やディベートの講義を実施しています。その中で、コミュニケーションスキルの

向上プログラムづくりに携わっている三森ゆりか先生(つくば言語技術教育研究所所長)によると、欧米

では、例えば風景画を児童達に見せて、「この絵はいつの季節を書いたものだと思う」と問いかけるなど、

子どもたちの思考・感性を引き出す国語教育がなされているそうです。そういった積み重ねが大人になっ

たときに自分の意見を言えるという結果としてあらわれてくるのです。

自分の意見をはっきりと述べ、その発言に責任を持って行動出来る選手を育てる。その理想は一指導者や

一チームだけで実現できるはずがありません。小学校から中学校、高校へと進んでも、一貫した理念のも

とに、発育段階に応じた教育が行えるような環境づくりが必要になると思います。

1999年、私も創設メンバーの1人となり、小学生から高校生までのクラブチーム“ヴィヴァイオ(イタリア語で苗床の意舟橋”を舟橋市に立ち上げました。現在、Jリーグの各クラブが一貫指導体制づくりを進めていますが、もっと多くの地域で理念を同じくするクラブが生まれてほしい。そうなれば必ず日本のスポーツ界が変わる。ひいては社会全体も良い方向へ変わっていくと信じています。